第8章 Jeremiah29:11
「久しぶり、翔」
寒波が押し寄せ、冬の寒さが一層厳しくなった年末。
高校の時のクラスメイトである松本潤と待ち合わせをした。
小さい頃に祖父母に連れて来られてから、行きつけにしている銀座の喫茶店。
ジャズの流れる店内に、コーヒーの芳香が漂う。
ヴィンテージの豆も揃っていて、しかも夜も22時まで営業しているから、友人との待ち合わせに良く使っている。
少し時間から遅れて現れた潤は、黒のカシミヤのロングコートに身を包んでいた。
軽く挨拶をすると、コートを脱いで座席に放り投げた。
コーデュロイのジャケットの皺をポンポンと叩いて伸ばすと、行儀の良い仕草でソファ席に腰を下ろした。
「ごめん。呼び出して…」
「いや、いいけど。珍しいね。翔から俺に連絡くれるなんて」
「うん…」
潤は店員にフレンチローストのコーヒーを頼むと、俺に向き直って微笑んだ。
「まあ何にせよ嬉しいよ。連絡くれて」
「ああ…」
幼稚舎から同じ学校に通っていて、高校のときは同じクラスだった。
同じような家庭環境で、同じような育ち方をしてきた俺達は、親友とも呼べる間柄だ。
高校卒業後は内部進学で、潤は社会学部に進み俺は医学部に進んだ。
キャンパスが違うし、潤は1年の終わりにメディアコム研究所というメディア業界を志望する学生のための副専攻プログラムの選抜に受かったので、忙しくてあまり遊ぶこともなくなっていた。
「ちょっと頼みたいことがあって」
「なに?なんか珍しいね。翔がそんなに下手に出てくるの」
クスクス笑うと、ジャケットの懐から手帳を取り出した。
ドラマに出てくる刑事がメモするみたいな黒い手帳。
「なにそれ」
「ん?ああ、これ?パソコンとかタブレット出すことができない場所じゃ、やっぱ手でメモするしかないからさ。最近手帳をまた持ち歩いてるんだ」