第6章 Epistle to the Romans 5:12
遠くで、消防車のサイレンの音がしてる。
「なんだろ…どっかで火事かなあ」
翔は立ち上がると、窓辺まで行ってレースカーテンを開けた。
ガラス窓の向こうは、広めのベランダになっている。
白い椅子とテーブルがひとつずつ置いてある。
「どこかなあ?」
翔は背伸びをして外を覗き込んでる。
その姿を見て、多分ここは高層マンションなんだろうなと思った。
「こっちじゃないみたいだ」
独り言を言ってるのか、俺に言ってるのかわからなかったから、黙ってその背中を見つめた。
「あ、雨が降ってきた。よかったあ…」
なんで、良かったんだろう。
時々、翔は主語のない感想を言う。
「なんでいいんだよ?」
ベッドの中から聞いてやると、嬉しそうにこちらに顔を向けた。
「え?だって、雨が降ったら火事の勢い少しでも弱まる気がしない?」
「…しねえなあ…」
「だよね」
にっこり笑いかけてから、レースカーテンを閉めた。
「ま、そんな気がするってだけだよ」
そう言いながら歩いてくるとベッドサイドに立った。
「?」
一瞬、いたずら小僧みたいな顔をしたかと思ったら、俺が被ってる布団を突然剥がした。
「ちょ!」
「さあ。お風呂入るよ」
「ええ…なんで今日なんだよ…」
「前から言ってたでしょ。智くちゃいって」
「そら…俺もくちゃいけど…」
だから今日はやたら薄着で、寒いのに短パンなんか履いてるのか。
でもなんだか今日は気分じゃなかった。
消防車のサイレンなんか聞こえたからか…
「俺が洗ってあげるから、智は動かないでいいからね」
「だったら、俺一人で入る」
「だめだよ。動いたら傷に水被っちゃう可能性が高くなるから」