第2章 Matthew 6:8
雨が、嫌い──
「ぐっ…うぁ…っ…ぐっ…」
ビクリ、ビクリ
首を締めている手に伝わってくる振動
命が消えていく振動
暗闇の中に、更にぽっかりと開いた口の暗さ
やがてその振動も感じなくなる
雨の音が、やたらと煩い
早く帰りたい
早く…
どこかへ帰りたい
「……もう、死んだ?」
誰に聞いてんだろ。もう死んだに決まってる。
なのに呟いた瞬間、ぎょろりと飛び出した目が俺を見た。
一瞬手を引いたが、それよりも早く死体だったはずの男の体が飛び上がった。
「ぐああああっ…」
「うっ…」
そのまま男の体が俺の懐に飛び込んできた。
瞬間、腹に熱を感じて思わず手を離してしまった。
──油断、した。
音を立てて男は地面に崩れ落ちた。
「う…うぅ…ごほっごほっ…」
「て、めぇ…」
一瞬で怒りが込み上がったが、瞬く間に下がっていった。
「みっともねえ…」
汚い廃工場の床を這いずって俺から逃げようとしているスーツの背中が目に入った。
蛆虫みたいにみっともなかった。
男の背中を足で踏みつける。
「ヤクザのくせに、往生際が悪い」
綺麗にオールバックに撫で付けられた髪は、見る影もない。
砂埃を被って上質なスーツは白くなっていた。
なりふり構わず逃れようとするが、酸素の足りない脳みそじゃ体を起こすこともできないようだ。
「カッコ悪いって言ってんだよ。オッサン」
涙とよだれに塗れた顔が俺を見上げた。
視点が定まっていない。
虚空を見上げている。
「ううっ…ぐっ…ごほっごほっ…」
苦しそうに咳をしながら地面を這いずって更に逃げようとする。
その背中に飛び乗って首に腕を回し、締め上げた。
断末魔の叫びが耳を劈く。
「…もう、戻れねえんだよ…」
ボキリと鈍い音が響くと、男の動きは止まった。