第16章 Matthew10:34
「はぁ…そういうことかよ…初歩の初歩から、智の時は止まったまま動いてなかったってことか…」
いつの間にか和也も起きてたみたいで。
床に寝転がったまま、顔だけこちらに向けて話を聞いていた。
「精神に大きなダメージを受けると、そういうことはある。ある事象だけ考察が極端にできなくなるとか、記憶を自分で封印してしまうことだってあるし、本当に忘れてしまうこともある」
「そうなのか…」
「だから、そこを西島先生にどうか伝えて欲しい」
雅紀さんはちらりと俺の顔を見ると、和也の方を見た。
それからまた俺を見ると、頷いてくれた。
「わかった。あんたの言う事、ちゃんと西島に伝える」
「頼みます…」
頭を下げるしかなかった。
今の俺じゃ、智のことどうしてあげることもできない。
この人に託すしかないんだ……
涙が出そうになるけど、今は泣いてる時間が勿体なかった。
「じゃあ、明日。昼過ぎに来てください。待ってます」
「あ、ああ…」
俺が話を切ると、雅紀さんはゆっくりと立ち上がった。
和也も起き上がると、ケツが痛いだのなんだのと雅紀さんにブツブツ文句を言ってる。
でも、さっきみたいに俺には絡んでこなかった。
「邪魔したな」
雅紀さんは和也を連れて、そっと帰っていった。
あとには、シンと静まり返る部屋と札束の入った封筒が残された。