第16章 Matthew10:34
このときほど、恐怖を感じたことはなかった。
智が力なく腕の中で気を喪ってる。
そのこと自体は今までだってあったことだったから、驚くことではない。
気を失った智を抱えて、今まで自分が寝ていたベッドに向かった。
そこに寝かせて布団を被せると、幾分かは表情が和らいだ気がした。
でもその表情にはまだ、深い苦しみが刻まれていた。
寝室から出てリビングに向かった。
「……」
この、何者かが居たという痕跡。
そしてその何者かによって智がこんな状態になったと思わざるを得ない。
「一体、誰が…」
思い浮かぶのは、雅紀さんだった。
連れ戻しにでも来たんだろうか。
最近、智の体調はだいぶ良い。
それをどこかから知ったんだろうか。
でも…
『俺を、殺してくれ……』
確かに智はそう言った。
「どうしてそんなこと…」
あれから智の悪夢を見る回数は減っていた。
体調自体も悪くなくて、寝込むことも減っていた。
なのに、どうしてこんなことに。
「あ…」
もしかして…和也ってひと…?
智と一緒に、雅紀さんのところで殺し屋をやっていると思われる、あの男の人。
誰にも言ってないけど、弟の修を誘拐して俺を嘲笑った男。
あの人が智を連れ戻そうと、来たんだろうか?