第7章 𝔸𝕟𝕖𝕞𝕠𝕟𝕖
隣でスマホをいじる啓悟くんをちらりと見る
……もし彼が来てくれなかったら
私今頃どうなってたんだろ
『…啓悟くん…ありがとう』
「…んー」
今更だけどNo.3ヒーローのホークスとこうしてテーブルを囲んでおやつ食べてる絵面は相当レアなんじゃないかなって思う
想像すると笑えてきて、不思議と目頭が熱くなるのを感じる
『…雄英に来てから感情が追いつかないこと多くて
知らなかった気持ちを知る機会がいくつもあって
幸せなものもあれば、辛く苦しいものもあって…
それでも成長できてる証って思えば自然と受け入れられた』
『…10歳のあの頃から前に進めてるんだって』
モチモチした生地は甘くてすぐに口の中で溶けていく
『でも、わたしね、今一瞬でも進むの止めたいって思っちゃった』
進むの止めて、少し前に戻りたいって
『…この時間が…啓悟くんとこうしている時間がっ…もう過去になったんだって思ったら……
いま限りなく怖くなった…手放したくないって
ここにいたいよ…』
ある人の傍にいたいから進まなきゃって思って
でもある人はここにいろって言ってくれた
私は…どうしたい?
゛ 秋月 はさこのままでいいの? ゛
ってやっぱりそんなすぐ決断なんてできないよ
目頭に溜まった水滴を拭い、二個目となるフレンチクルーラーを手に取る
「進んだらもう戻れない」
口の中は甘い食感を待ちわびていたが
スマホをテーブルに置いた啓悟くんの手が伸びて私からドーナツを取り上げる。もう片方の彼の手が頬まで伸びてきて肩が跳ね上がってしまう
啓悟くんは真剣で、それでもどこか遠くを見てるようだった
…どうしてもそれが夢や幻のように儚くて切ない
「けどさ」
置かれた指先で垂れていた髪を丁寧に耳にかけられ、さらにスライドして私の唇に親指を添える。上唇から下唇へと順番になぞられ、端についていたクリームを掬い取られ手は離れていく
「進む道はなにも一つじゃない」
指先についたクリームは啓悟くんの口内に消えていく
それからケロッと笑って
「なんならオレは ひかりちゃんが必要だって言ってくれるなら死んでも離れないと思うよ」