第1章 純情恋物語編
雅吉は、その後も何処へ行く訳でもなく、あたしの膝枕でゴロゴロして過ごして居た
その内に夕げの時刻になったので
珍しく二人揃って夕げを食べた
にの江「アンタが遊びに行かないでこんなに家に居るなんざねぇ…どぉりで雨が降るわけだょ」
雅吉「何言ってやがる!雨だから、何処にも行かねぇんだろぅ?」
にの江「あらそぅかぃ?じゃあ、先だっての梅雨時にも、ろくすっぽ家に居なかったのは、あたしの気のせいかねぇ?」
雅吉「うん、気のせいだな!」
にの江「…よく言うょ」
調子の良いことばかりを言う雅吉
でも、そんな軽口が、一向にイヤミに聞こえないのは、ヒトの良さの成せる業なんだろうか
雅吉「ところでにの江。潤之助さんの容態はどうなんだぃ?」
にの江「ん?」
雅吉「見舞いに行ったんだろう?」
にの江「あぁ、……まぁ、あんまり良いことも無いけど……」
雅吉「そうかい……薬なんかは、足りてるのかぃ?」
にの江「薬?…何でだぃ?」
雅吉「だってよぅ、貧乏長屋なんかに住んでるお侍さんだろぅ?
銭が無きゃ、薬だってろくすっぽ買えないんじゃねぇのか?」
(……ホントに、お人好しだねぇ、このヒトは(笑))
自分の女房が、イソイソと通ってる昔の男の心配をする雅吉が、あたしは愛しくて仕方なかった
でも、そうとは口に出しては言わず、さっき店先で見かけた若旦那の話を切り出した
にの江「そういやぁさっき、店先にこの辺で見ない男前を見かけたよ。
何でもこの先の薬種問屋の息子で…翔吾、とか言ってたっけねぇ」
雅吉「薬種問屋の若旦那の、翔吾だって?」
夕げの飯をかき込む手を止めて、雅吉が顔を上げた
にの江「 あぁ、そうだけど…知り合いかぃ?」
雅吉「まぁ、ちょいとな」
雅吉は曖昧に笑うと、また飯をかき込んだ
雅吉「…で、その翔の字が、どうしたって?」
にの江「いえね、雨で難儀してたから、お智ちゃんに借りた傘を貸してあげたのさ」
雅吉「…ふぅ~ん」
雅吉は綺麗に平らげた茶碗を置くと、あたしの方に手を伸ばした
雅吉「ま、良いや。……にの江、飯食ったから、寝るぞ!」