第5章 *File.5*諸伏 景光*(R18)
カラーン♫
「安室さん、お帰りなさーい。遅かったですね」
「ただいまです。すみません。思いの外、道が混んでいて遅くなりました」
買い出しの荷物をとりあえずカウンターの端に置くと、閉店間際だが、現状況把握のため狭い店内を振り返る。
「えっ?」
窓際の席で一人、長い髪を耳に掛け、穏やかな表情で小説を読んでいるのは…。
「どうかしました?」
「いえ」
間違いない。
見間違えるはずがない。
「彼女、何時も一人で来られるんですけど、その度にああして本を読んで行かれるんですよ。安室さんは初めて、でしたっけ?」
「そうでしたか。では、温かい紅茶をお持ちいたしますね」
読書好きも変わらずか。
「でも彼女、何時もアイスカフェオレしか飲みませんよ?」
「心配は要りませんよ」
彼女の好みは、よーく知っているからね。
「……えっ?」
ティーカップをテーブルに置くと、カチャリと音を立てた。
良くも悪くも人の気配すら気付かないほどの集中力は、未だご健在、か。
クリッとした瞳をパチパチと瞬きをさせた後、ようやく視線が上がった。
「!!」
同時に視線が絡み、大きく瞳が見開かれる。
「僕の奢りですから、お気になさらずに」
「……」
「お久しぶりですね、雪乃」
「ど、どうして、此処に?」
「今は此処でアルバイトをしているんですよ。本業は私立探偵ですが」
「……そう」
ニッコリ笑ってみせれば、何かを感じ取ったのか、それ以上何も追求はしてこない。
察しがいいのも、変わらない。
視線をそらすなり、ため息を一つ洩らした。
「お元気そうで、何よりです」
「貴方にそう見えるのなら、そうなんでしょうね」
「…ご結婚は、まだ?」
「お互い様じゃなくて?」
雪乃の視線が、俺の左手をチラリと捉えた。
お互い、もう三十歳。
最後に会ってから、一体何年経つのか。
「ふっ。確かに」
「あれ?雪乃さんって、安室さんのお知り合いだったんですか?」
「……」
アムロ、さん?
怪訝そうな視線を寄越すから、小さく頷き返す。
本名の降谷零とは呼ぶな、と言う意味を込めて。