第10章 過ぎた恋の話し
(…何やってんだろう……僕)
僕は翔くんと一緒にいたホテルの前で、松岡さんに指定された場所に向かうために、タクシーを拾った
その車中で、独り物思いに耽る
(確かに、松岡さんからの電話を別れてからずっと待ってた
…待ってたけど…
………
…待ってちゃ、いけなかったんだ)
タクシーは、静かな郊外を抜けて、繁華街へと入って行く
(…今更逢って…何になるんだ…
…松岡さんを、奥さんから奪って…
…何の意味があるんだ…)
僕は知らずの内にキツく握り締めていた自分の拳を見詰めた
(…翔くんの手………暖かかったなぁ…)
松岡さんと別れた後
面倒をみてもらえと言われて引き合わされた、彼の部下の松本さんから
いきなり違う人を紹介された
しかも
まだ未経験だから、男にしてやってくれなんて頼まれて…
普通だったらそんな話し、速攻で断って当然なのに
何となく、そうする気にはなれなかった
(寂しかったのかな…松岡さんに捨てられて…松本さんに押し付けられて…
そんな惨めな自分に…翔くんが、何となく似てるなって…思ったんだよね…)
「………」
車窓の景色が、見慣れた場所へと近付いていく
その一角のレストランの前で、タクシーが停まった
「……ありがとう御座いました」
僕はタクシーの運転手さんにお礼を言ってお金を払うと、タクシーを降りた
「……」
何時も、松岡さんとの密会に使っていた、会員制の個室のレストラン
その店の前に立つドアマンが、僕に気付いて会釈をした
「松岡様がお待ちです」
ドアマンはそう言うと、何の表札もない重苦しい扉を開けた
「…………ありがとう」
僕は小さい声でドアマンにお礼を 言うと
レストランの中に入って行った