第27章 バベルの塔の時間
「酔い醒ましついでにね、ピアノの調律をチェックしておきたいの。ちょっとだけ弾かせてもらっていいかしら?」
そう言ってピアノの椅子に腰掛けるイリーナ先生
「えっ…と、じゃあフロントに確認を」
そうはいくかと言わんばかりに警備員の太い腕をがっしり掴んだ。しかしその一々の仕草は皆を魅了させる
「いいじゃない、あなた達にも聴いて欲しいの。そして審査して」
「し、審査?」
「そ、私のことよく審査して、ダメなとこがあったら叱って下さい」
そう言って弾き始めたメロディーは……素直に言ったら魔法だった。
「め…メチャメチャ上手ぇ……」
『ただの上手さではありませんよ』
「え?」
『本質を分かった演奏…』
私は今までピアノの演奏を作曲者の意向通りに演奏することが最終目的だったが、それは大きな間違いだった。音楽をモノとして使う。相手にどのような印象を与えたいか、それを熟知しているイリーナ先生は単純な才色兼備ではないということだ。
私が魔王を威圧曲として弾いたように、イリーナ先生はこの場に効かせるための曲を弾いたんだ。
「ね、そんな遠くで見てないで」
途中でイリーナ先生は遠くにいる警備に声をかける
「もっと、近くで確かめて」
顔の近くで手をふり呼ぶ
「お、おお…」
警備員たちは催眠術でもかかったようにフラフラとピアノの元へ寄っていく
不意にイリーナ先生は左手で椅子の下から二本の指をだらんと垂らした
「(二分稼いであげる)」
そのまま人差し指は非常階段の方を指した
「(行きなさい)」
私達は顔を見合わせると急いで階段へ向かう
「ぶはぁ! 全員無事にロビーを突破!!」
最後にやって来た茅野さんが緊張から解かれたように言った。
「……すげーや、ビッチ先生あの爪でよくやるぜ」
「ああ、ピアノ弾けるなんて一言も」
「普段の彼女から甘く見ない事だ」
少し先の階段を上っていた烏丸先生がそれを止めた
「優れた殺し屋ほど万に通じる。彼女クラスになれば…潜入暗殺に役立つ技能なら何でも身につけている。君等にコミュニケーションを教えているのは、世界でも一・二を争うハニートラップの達人なのだ」
『何でもって…名前が出てくる物だけでも指では数え切れませんよ…相当な努力を要したんでしょうね…』
私は一階を振り返る
「ヌルフフフ、私が動けなくても全く心配ないですねぇ」
