第3章 堕ちゆく
「君は自分が自分だってどうしてわかるの?」
「それは…」
上手く表現出来ない。人に名前を呼ばれるから?両親がいるから?
解答に困っている私を尻目に幸村くんはさらに話を続ける。
「俺はさ、テニスをしているときだけは自分が幸村精市という人間だと認識できるんだ。テニスをして、勝って、人に褒められたり羨ましがられたり、時には妬まれたり、そう思われることでようやくこの世界に自分の居場所を作ることが出来るんだ」
「だから今回負けたことは俺にとって死に等しい。いや、むしろ死んだ方が良かったかもしれないね。だって俺はもう俺が幸村精市であるという確信が持てないんだ」
桔梗の花びらを時折指で弄びながら語る彼の横顔は儚くて、今にも消えてしまいそうで、それでいてなぜか愛おしくも思った。
私は彼を、幸村精市という存在を肌で感じたくてその手のひらを握りしめる。
「それなら私が幸村くんのことを認めてあげる」
「きみが…?」
「幸村くんがわからなくても、私はあなたが幸村精市だって覚えてる。だから、大丈夫」
「…君に俺を委ねても良いんだね」
「うん」
抱きしめた幸村くんの身体は少し震えていて、私がこの人を守ってあげなければいけないんだな、と思った。