第2章 ぶきっちょベイベー
「…何見惚れてんだよ」
「…へ?」
「さっきからずっと話しかけてんのにうわの空とはどういうことだよ?」
しまった。完全に自分の世界に入り込んでしまっていた。
眉間にシワを寄せて、跡部は完全にお怒りモードだ。
「ごめんごめん」
「まあ、俺様の美貌に目を奪われるのもわからなくはねえがな」
ふっ、と鼻で笑う仕草ですら絵になるから跡部はずるい。
ちょっとしたことでもこちらの心臓は飛び出るくらいドキドキしてるのに。跡部はそこのところ、ちゃんとわかっているのだろうか。少し腹が立ったし、言われるがままも癪なので、思ってもないことを言ってみる。
「跡部を見てたわけじゃないし。外見てたの!そ・と!!」
「アーン?外だァ…?」
ふふん。言い負かされるほど私は弱くない。もともと舌戦は得意な方なのだ。
「跡部に見惚れるぅ?馬ッ鹿じゃない?あんたの万年お花畑脳には尊敬の念を抱くわ!!」
「……」
どうだ。言い返せまい。
私が軽く優越感に浸っているとがたん、と音を立てて跡部が急に立ち上がった。
その上、何故かこちらに近づいてくる。怒らせてしまったのだろうか。ジワジワと近くなる距離。
「な、なに、怒ってんの…?」
顔色を伺って見るものの、逆光でよく分からない。あれこれ考えているうちにいつの間にか壁際まで追い詰められていた。殴られる、と思ってギュッと目を瞑るとチョップの代わりに思いがけない言葉が降ってきた。
「お前、俺がそういう男だと思ってんだろ」
「そ、そういうって…どういう…」
「言っておくが、俺は興味のねえ女にわざわざ期待させるような言葉をかけるほど暇じゃねえんだよ」
「それってどういう」
意味、と紡ごうとした唇を跡部の指先が制止する。
「それくらいは、自分で考えろ」
耳たぶに息がかかるくらいの近さでそんなことを言われて平気でいられる女なんていない。全身の血が沸騰してるみたいに身体が熱くなる。なにこれ。どういうこと?それって私、期待していいってこと?
「バーカ」
そんな私の心情は手に取るようにお見通しとでも言わんばかりに意地悪な笑みを残して跡部は去って行った。
誰もいなくなった部屋の中で、跡部愛用の香水の匂いだけがずっと私の鼻腔にこびりついて離れなかった。