第9章 恋慕2 暴かれた心【家康】
軍議中名無しはずっと目を伏せている。
その顔色は青白い。
軍議が終わると名無しは小さくお辞儀をしてから、誰とも目を合わせずに去って行った。
「名無しはどうしたんだろうな。具合でも悪いのか?」
秀吉が心配そうに呟く。
家康は信長に呼び止められた。
「名無しが薬学の指南を辞退したいそうだ。難しくてどうしてもついていけないと」
「‥‥」
「だが戦ではできる限り救護にあたりたいとは言っている」
「そうですか」
家康は事も無げに返事をした。
胸の内に湧き上がる動揺などおくびにも出さずに。
「お前に感謝しているが、申し訳ないと言っていた」
「わかりました」
あれからずっと名無しに避けられている。
家康の頭の中は彼女でいっぱいなのに。
あの夜の名無しの姿、一つ一つの反応を何度も何度も思い出す。
もう一度抱きしめたい。
触れたい。
避けられるほどにその思いが募っていく。
廊下を歩いていた名無し。
突然、ある部屋の襖が開き、強く腕を掴まれて引っ張りこまれる。
「きゃ!」
よろけた身体を誰かに後ろから抱きしめられた。
「なぜ俺のこと避けるの?」
「家康…離して」
名無しの声は乾いて冷たい。
「嫌だ」
家康は名無しをくるりと振り向かせ、両肩を掴んで顔を覗きこむ。
「ねえどうにかして。あんたの事で頭がいっぱいなんだ」
翡翠色の瞳が揺れ、名無しの肩を掴む手にきゅっと力が込められる。
(私だって、いつも考えてる。でも)
名無しは必死に視線をそらし、家康の胸を押して距離を取った。
「離して。そうじゃなければ人を呼ぶ」
「…あんた、本当は俺の事が好きなんじゃないの」
あの夜の愛撫への反応や甘い声、名無しの気持ちは自分にあるんじゃないか、家康はそう感じていた。
そうであって欲しい、そう思いながら問うが嫌な言い方しかできなかった。
その言葉に視線を上げた名無し。
キッと家康を見つめたその目は、今まで見たことない位に強い。
けれども潤んで今にも泣き出しそうだった。
その不思議な迫力に家康が気圧された時、
「‥‥‥‥きゃあぁぁぁぁぁっっ!!!」
絹を裂くような名無しの悲鳴が響く。