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綾なす愛色【鬼滅の刃】

第1章 私は私で私じゃない





じとっとした空気が部屋を満たす初夏
汗ばんだ肌を開けた窓から入る風が程よく冷やす

男と女の愛を確かめる行為を終えた私は
隣で眠る男を起こさないように布団から這い出た

散らばった着物をかき集めて緩く着る
ちゃんと着なくていい

どうせ誰にも会うことなく家に着く
いけないことをしている私は、太陽の下を歩けるわけもなく
月だけが私の味方だった

あの人もあと少ししたら目を覚まして帰るべき場所に帰るんだ
着物を着ながら寝顔を覗けば静かに寝息を立てていて
起きる気配のないことにホッとする

これが私とあの人の日常
夕方この空き家で待ち合わせ

月が高く上がるまで、どっぷり行為に耽る
あの人とはここでしか会わない約束

だって、奥さんがいる
私はあくまでも2番目
下手したら3番目、4番目かもしれない
所謂都合のいい女

それでいい
特別好きでもないし、奥さんから奪いたいとも思わない

ただ孤独を埋めてくれるから
私はあの人の欲を鎮める
もちつもたれつってやつだ

あの人は、行為が終われば決まって眠りにつく
別れ際が面倒なのだろう
縋られたら困る。そう思っているはずだ

静かな寝息も本当に眠っているのかさえわからない
フリかもしれない

でも…それでいい

建て付けの悪い扉は重くて、音を立てないように出ようとすると力がいる
これを開ければまた1人
私に孤独がまたやってくる

月明かりの下を歩くのは嫌いじゃない
余計な物を見なくて済む

家族の洗濯物を干す人
忙しそうな顔をして「今日の晩御飯どうしようかしら?」
と呟き買い物へ向かう人
手を繋いで幸せそうに歩く2人

どれも私にとっては目に毒だ
あなたは1人でしょ?世話してやる家族も、手を繋ぐ恋人もいない
そう言われているみたいだから
孤独を際立たせるもの以外何ものでもないからだ

でも、それが何だと言う
そんなもの慣れっこだ

しんと静まり返った道で草履をカランと鳴らしてみると
私はここにいるよって少しだけ存在を示せたような気になる
でもこんな小さなことでしか、私は私の存在を示せない


鼻腔に張り付く雨の前触れの香り

「降るかな。雨…」

月を見上げれば、霞みがかり始めている

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