第1章 歳上のズルさと、歳下の特権【伏黒 恵】
「せ、先輩…」
「ん?」
春の訪れを知らせるような、眠たくなる風が駆けていった。
先刻の北風とは大違いだ。
弾ける胸中に掻き立てられて、呼び止めた手が空を切る。
は相変わらず眉一つ動かさない。
空っぽだと吐露した自身、本当に何も無い、思いを持たないのを悟っているのだろう。
存在を掻き消す呪術の操作と同じように。
「…違います」
「え?」
たとえ冷水のように冷え切っていても、割れたガラスのような空虚でも。
「生きたい」を持っていれば、そんなのは関係無い。
…ように、思ったのだ。
「俺は、先輩が好きです」
空っぽなんかじゃない。
生きていては駄目な人間なんていない。
せっかく、人間らしい一面を見れて、惹きつけられない人間なんていない。
「…恵」
「好きです」
「…ありが、とう…」
我慢していた涙を、伏黒の腕の中で流した。
今までの全てを、感情を、殺してきた諸々を。
全て流れてきた。
風が吹き、淡い紅色の花弁を運んだ。
fin