第8章 ただの勘違い
足音が遠ざかり、私は息をついた。
安室さんも私からゆっくり手を離し、廊下に視線を向け歩き出した。
「……。」
安室さんは終始黙ったままだ。
会場に戻り、人が増えたところで私は再び安室さんの右腕に手を組み、横を歩き会場を後にした。
通路から私たちが出たので、誰かに見られたりしてないからすごく周り気になったけれど,必死で表情に出さないよう安室さんの横顔をたまに見上げながら歩いた。
人の気配のないところまで来て私はそっと手を離し、降谷さんの車に乗り込んだ。
すかさず降谷さんは携帯を取り出した。
「撮ったデータはすぐに携帯に送られているはず…。よし。小型カメラにしてはよく撮れてる。」
「よかったです。」
「…すこし遠回りをして本庁に帰るぞ。」
「はい。」
…なんだろう。
凄く気不味いのは私だけだろうか。
安室さんを好きなふりをしろって言われて、キスをするふりをしたけど、そんな事潜入調査をするならこれから誰とだってやるだろう。
なんなら、実際キスしなきゃいけない場面だってあるかもしれない。
ーー…大した事じゃない。
私は自分に言い聞かせ、先程のことを思い出した。
背中には冷たい壁。
買ってもらったボレロを見に纏い、腰には彼の手が周り、頬に吐息がかかるほどーーー…
「…っ!!」
私は思いっきり首を振った。
「どうした。」
「なんでもありませんっ!」
「…?」
私は両頬をパチっと手のひらで叩き,窓の外に視線を向けた。
気の迷い。
勘違い。
ただイケメンなだけ。
相手は鬼上司。
こんなことされたら誰が相手でもきっとドキドキする。
「…ドキドキ?」
え?
私ドキドキしてる?
まさか。
そんなはずない。
高橋や風見さん相手でもこんなに緊張する?
ーー…いや、緊張は上司だからだ。
ドキドキするのだって、緊張から。
決して恋だとかキュンとしただとか、そんなうわついた気持ちなんかじゃない。
ーー…絶対。
私は上司の車の中で自問自答を繰り返した。