第32章 お手伝いの前に
明日早いのだからと、必死に降谷さんの手首を掴んで引き剥がそうと抵抗した。
毎朝筋トレは欠かさずやっているが、それは向こうも同じだ。
覆い被さってきて、私のキャミソールに突っ込んでくる手を、どうにかしようとしても私の筋肉がプルプルとするだけだった。
「…くっ!う、ごかないっ!」
「力で勝てると思ってるのか。」
もう少し力を入れてる感じがしてもいいのに、降谷さんは全然余裕そうな表情でなんだか悔しかった。
「同じ布団に入って来た時点で合意だ。むしろめぐみから入って来たんだ。誘ってる。」
「そんなの…聞いたことないですっ!恋人や夫婦なら毎晩になっちゃうじゃないですか!」
「ほー。めぐみは一緒に寝る派か。」
そう聞かれ私はふと考えた。
歴代彼氏たちはどうだったか。
暑苦しいからと嫌だったかもしれない……。
あの人をのぞいて。
「今、元カレたち考えただろう?」
「い、いえっ!」
「いったい何人いるんだ。しょっちゅう“元カレ”って言ってないか?」
「そんな取っ替え引っ替えしてるみたいな言い方しないでください。普通ですよ。普通。」
「……。」
私のお腹を撫でていた降谷さんの手がそっと退けられ、眉を寄せ私を見つめて来た。
「…前から聞こうと思ってたんだ。」
「はい?」
「……松田と、付き合ってたのか?」
「えと……はい。本当に少しだけですけど。」
「ふーーーん。そうか。」
その、ふーーーん。はなんだろうか。
怒っているのか、驚きなのか。
上司の顔が全く読めない。
「私が本当に警察官なりたての交通課にいたときに半年くらいだけですけど…」
「半年ならあいつが死ぬ前にはもう別れてたのか。」
ーー…あいつ。
降谷さんが“あいつ”と呼ぶくらいには親しかったのだろうか。
「そう…ですね。事件を聞いたときは驚きました…残念です…。」
もう思い出して泣くことはなくなった。
彼は今まで一番忘れられない人だった。
そんなこと、降谷さんの前ではもちろん言えないけれど。
今はもう過去の人なのだから。