第3章 陰抓楓乃、死にました
事が始まったのは、約一時間前の事だった。
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「おつかれー」
「おつかれっしたぁ!!」
ガヤガヤと騒がしい体育館で、誰のものかわからない声が行き交う。
――ここはF高校の剣道部。国内でも有名な剣道の強豪校だ。
全国制覇に向けて、今日も過酷な稽古を終えた。
「んん……っ、つかれた……」
疲れ果てたたくさんの剣道部員が入り口に密集するのを尻目に、私、陰抓楓乃(インツマカエノ)は大きく伸びをした。
私はF高校の二年生で、時期部長として日々稽古に打ち込んでいる。
去年は一年という事もあってインターハイには出場できなかったけれど、今年は出れるらしいのでそれなりに張り切っていたりする。
「楓乃ちゃーん!」
ゆっくりとマイペースに帰る準備をしていると、のほほんとした癒しボイスが私の名を呼んだ。
「咲夜。お疲れ様」
振り返ると、私のクラスメイトである秋山咲夜(アキヤマサヨ)がとてとてと私の近くに寄ってきた。
私が微笑みそう言うと、咲夜はふにゃっと笑って「お疲れ〜」と返してきた。
咲夜は女の私から見てもすごく可愛い。
小さくて華奢な体にコシのある艶やかな黒髪。
整った少し童顔な顔立ちに可愛い声。私にないものが全て揃っている。
最初はこんな子が剣道やるのか、なんて思ったけど、そんなこと無い。全然無い。
一本一本の打ちがとても綺麗だし、メリハリのある声で気迫は十分にあるし、打ち所がよくわかっている。
しかも見た目だけじゃなくて性格もすごく可愛い。
ふわふわしていてまさに女の子そのもの。でもぶりっ子なんかじゃなくて、友達思いのいい人。
本当に私の自慢の友達だ。咲夜についてなら二時間は語れる。