第19章 大切な記憶
「ううん、大丈夫。たいしたことないから」
「そんなわけないでしょ、凄い泣いてるじゃん」
悟は一歩ずつ私へと近づいてくると、その手をゆっくりと伸ばした。
だけど私は思わず悟の手から逃げるようにして後ずさり、傑へと背中がトンっとぶつる。
「あ、の…ごめん…悟」
何がごめんなのもはや分からない。避けてごめんとでも言えば良かったのだろうか。だけど今、悟に触れるわけにはいかなかった。きっと馬鹿みたいに涙を流す自信しかなかったからだ。
彼の温もりに触れてしまったら、きっと我慢が出来なくなる。
ごめんと呟いた私を、悟はそれはそれは酷く驚いたような顔で見下ろすと、今度は傷付いたように口元をつぐんだ。
悟がまさかそんな顔をするとは思っていなかったから、正直動揺が隠せない。だって私を好きでもない悟は、きっと何でもない顔をして冗談混じりなことでも言ってくると思ったからだ。
だから、この悟の表情はそれこそ予想外で…私を動揺させるには十分だった。