第68章 雨傘
キリ「……はぁ」
激しい雨音に消されるぐらい、小さなため息を落とす。
もう本当に、どうしてくれようというのか。
今、シカマルはどんな顔をしているのだろうか。
隣に並んでいるシカマルに、赤くなってしまった頬を見られないように、少し俯いて歩くキリには、それを確認するすべがない。
ドッドッと鳴り続ける心臓は、このままどうにかなってしまうのではないかと思うぐらいに、普段のそれとは異なる。
キリ(私……今まで)
シカマルと、どんな会話をしていたのだろうか。
これほど近い距離にいたことも、何度もあった。
意識の上ではなかったが、手を繋いで歩いた事も過去にはあったのだ。
それが、今では非常に困難で。
普通に笑って、普通に話して、普通に一緒に居た時。
キリはどのようにしていたのだろう。
何をすれば〈普通〉でいられるのか、何をすれば〈普通〉なのかが、今はまるでわからない。
離れたいと本気で考えているのに、一緒に居たいと心から思う。
矛盾するその心が、自分自身で理解不能で、交差して絡まり続ける。
キリ(あと少しで……)
そこの角を曲がれば、じきに家へと到着する。
キリ(もう少しだけ……)
家が、遠ければ良かった。
次に、シカマルに会うのは一体いつなのだろうか。
明日かもしれないが、数ヶ月も経った後かもしれない。
そう思って、ほんの……ほんの少しだけ遅くなった足取りに、どうか気付かないでと、心の底から願った。
シカ「あのよ……」
キリ「!」
まさか、ゆっくり歩いていたのがバレてしまったのではないかと、キリの鼓動がさらにスピードを増した。
シカ「その……もうちょい、どっか歩かねぇか?」
キリ(……っ!)
久しぶりに会うしよ……と、こぼしたシカマルに、キリの心臓はぎゅっと掴まれたようだった。