第68章 雨傘
キリ「ごめんなさい、久しぶりだけど……雨も酷いから」
帰ると、告げたキリに、シカマルはハッとする。
傘を持たずに、ずぶ濡れになっているキリに気を回すことが出来ないほどには、自分は冷静さを失っているらしい。
かくいう自分も、せっかくヨシノが持たせてくれた傘をさすことも忘れ、ただ手に持っているだけとなり、身体には容赦なく雨が伝っている。
シカ「ん」
キリ「!」
一歩、二歩と近付いて、傘をキリの頭上へと傾けると。
目を丸くして、こちらを見るキリ。
シカマルは鼓動が早鐘のようになるのを感じながら、口を開いた。
シカ「あー……だから、一緒に入りゃいいんじゃねぇの」
キリ(……どうすればいいの)
シカマルの落ち着きのある優しい声が、キリの耳に届く。
言葉だけをみると、どちらかと言えばそっけないようなその物言いに、優しさしか感じられないのは自惚れなのだろうか。
そっと傘をさしてくれたシカマルと、距離が狭まり、ふわりと彼の匂いがした。
キリ(っ……)
先ほどから、本人を目の前にして胸が疼いてたまらない。
シカマルを愛おしく思う気持ちが、好きだと思う気持ちが溢れて、苦しい。
キリの頭上にある傘。
対してその持ち主は、傘の恩恵を得られずに、顔や体を濡らしていく。
キリ「……」
そうこうしている間にも、強まる雨はもうどしゃ降りの状態になっていた。