第17章 月を憶える
あれから一月たった。
アタシはあの後・・・妲己様のもと、ここ「花割烹狐御前」で見習いとして働いている。
そりゃ最初はボーイフレンドでも作ってこの気持ちを忘れようとしたりしてけど、そうやって動けば動くほど胸の痛みが増す事に気付いてとっとと止めてしまった。
女友達とも遊んだけど上の空だ。と指摘されて、それ以上追及されるのが嫌であう事もためらわれる。
…そうやって流れ着いた先がここだった。
「やっぱりアタシは根無し草の方があってるよ、ね?」
たすき掛けの和服姿で二階の窓を開け客室から眼下を望む
昼前の町は朝帰りの客や家路へ向かう女郎がポツポツと見えるだけで閑散としたものだ
ぼんやりと街並みをみていると後ろから不意に声がかかる
「石榴、その部屋が終わったら次は昼の賄い作りお願いね。」
「はい、妲己様。今すぐに!」
妖艶だけど厳しいこの店の主にぼんやりしているところを見つかるところだった、危ない
急ぎ足で部屋の中のゴミを拾い、調度品を綺麗にして定位置に戻していく
あの日死んだような眼で街を歩いていた(と言われたけど自覚はない)アタシに声をかけて、行く宛てがないならあの夜の様に働いてみない?と優しく言ってくれた彼女には感謝している
そうでなかったら今頃、アタシは何をしていたのだろう…考えても思考は霞んで何も浮かんでこない
それくらい今のアタシは無気力だ。
掃除、洗濯、それから言葉遣いに夜伽の講習と休む暇がないけれど、その方が良い
毎日が忙しければ、そのうちに忘れていくだろう。
…お姉さん方が粗方片付けた部屋でも、うっすらと栗の花の香りがする
「・・・ダメ、もう戻らないんだから。」
髪の毛をくしゃりと掴んで頭を振る
あの人が置屋(此処)でどんな風に遊んでいたか、何股掛けていたか聞いたじゃないか
『幸せになんてなれやしないよ、あの人の女になったって』そう、誰かが教えてくれた。
あれから一度もアタシのケータイはあの人専用の着信音を奏でる事はない。
コレが彼の答え。
この店に遊びに来る事もないけれそ、きっと他の女の子と仲良くやってるんでしょ…
アタシは元の状態に戻るだけなんだ。
恋の終わりなんて、もう、乗り越えて行かなくちゃ。
掃除を終わらせて廊下に出て部屋の扉を閉める
「今日は久しぶりに薬膳鍋にするか。」
大きく深呼吸してから階段を下りて台所へ向かう
