第34章 呪いの器(三成君)
ザア…ゴロゴロ……
黒い雨雲が安土上空に流れこみ、パラパラと大粒の雨が落ちてきた。
次第に雨足が強くなる中、雷神の唸りのごとく雷鳴がとどろき、人々は落雷を恐れて目的地へと足を速めている。
城下町の賑わいは雨のせいですっかり静まってしまい、まだ昼過ぎだが商売を諦めて店じまいを始めたところもあった。
店主「舞様、雨、ひどくなっちまったな!」
顔見知りの茶屋の主人が親しげに声を掛けてきて、人の良い彼は頭上の雨雲を見て『急いで帰った方がいい』と言ってくれた。
「……ええ、本当にひどい雨ですね」
持っていた傘で自然に顔を隠し、短く返事をした。
(酷い顔をしているから顔見られたくない…)
虚ろに歩く目の前で男物の手ぬぐいが落ち、人に親切にする余裕はないのに身体が機械的にそれを拾ってしまった。
「落としましたよ」
渋みのある抹茶色の手ぬぐいが泥水で汚れてしまっている。
ここが舗装された道路だったら濡れるだけで済んだだろうにと、汚れた手ぬぐいをぼんやりと見つめた。
男「ありがとう、お嬢さん」
「いいえ、お気をつけて」
声の主を見ないままフラフラと歩き出した。
(城下に来なきゃ良かった。
あんなところを見なくて済んだのに)
5分ほど前に目撃したシーンが脳裏に焼き付いている。
恋人が私以外の女性を抱きしめて宿に入っていくのを見てしまった。
あろうことか彼は女性を横抱きにして急ぐように宿に入っていったのだ。
それは少しの時間も惜しんで女性を求めているような、そんなふうに映った。
華奢に見えて実のところ力強い彼の腕は私のものだと思っていたのに。
きっと今頃あの二人は…と悪い想像をする。
「三成君…」
俯いた拍子にこぼれた涙は、雨と同化して地面に落ちた。