第32章 時が来た
部屋の外へと出て行く皆んなに続いて、私も壁にかけていた刀を取ると部屋を出て行く。
「リン」
「…悟」
名前を呼ばれ後ろへと振り返ると、そこには悟が立っていて私の手を引き歩き出した。
悟は皆んなから少し離れた柱の影で足を止めると、私の両頬をそっと両手で包み込むようにして見下ろしてくる。
その雰囲気は微かだがやはりいつもとは少し違っていて…
「昨日は帰れなくてごめんね」
「ううん、大丈夫だよ。悟少しは寝たの?」
「うん、軽く寝たから心配いらないよ」
「そっか、良かった」
悟は小さく息を吐き出すと真剣な声色で話し始める。
「怪我するなとは言わない、けどなるべく気を付けて」
「うん…」
「オマエはすぐ無茶するから、一人で無茶な事はしないって約束して」
「約束する…」
「あと、傑を見つけても絶対に追いかけるな」
「……え、どうして…」
悟は私の頬を一度撫でた後、ゆっくりと身体を引き寄せると。そのまま背中へ腕を回し優しく抱きしめる。
「さっきからずっと震えてる」
悟…気が付いてたんだ…私の手が…ずっと小さく震えていることに。小刻みに震える手を握りしめている事に。
「大丈夫、大丈夫だよ」
その大丈夫という言葉にはどれほどの意味が込められているのだろうか。
“傑を止めるのは僕の役目だ” 以前言っていた悟の言葉を思いだす。
悟は私の背中を落ち着かせるようにして何度もさすると、私はそんな悟の背に腕を回し彼の服をぎゅっと強く握りしめた。
「リン、何も心配いらない」
「………」
「大丈夫だから」
「………さとる…」
「僕を信じて」
私は酷い奴だ。こうやって一番辛い事を悟にだけ任せてしまうのだから。こうやって私を抱きしめてくれる悟に、何も返してあげる事も出来ないのだから。
悟は分かっているんだ…
きっとどんな状況だろうと、
私が傑に手を出すことは出来ないという事を。
私が傑を捕まえるどころか、殺せるわけがないという事を。
その意思もなければ…そんな覚悟もちゃんと出来ていないという事を。
私はずるい。
ずるくて酷い人間だ。