第6章 平行世界
最近、肥前の様子がおかしい。いつもなら私を見掛けると話しかけてくるのに、目が合うとすぐさま逸らされる。
は? 何、喧嘩? 買うけど?
肥前の行動にムカつきながら過ごしていれば、お隣さんとして生活してきた中で出会ったことの無いひとに話しかけられた。
「君がお隣のお嬢さんかい?」
聞き覚えのある声に振り向けば、優しげに口角を上げている男、南海太郎朝尊がいた。煩わしく鳴き叫ぶ蝉の声が止まった気がした。
本丸の外で出会った南海先生は、場所を移動しようと私の手を取り森の奥へと進んでいく。
南海先生の綺麗な顔には似合わない湿布が貼られている。引きずられるように歩きながら、その頬を見つめていれば彼はくすりと笑みを浮かべた。
「穴が空いてしまうよ」
「っあ、すいません」
森の少し抜けたところに、こじんまりとした小さな社があった。もう神様も居ないであろう古さだ。そこだけくり取られたように木は生えておらず、太陽の光が線を描くように社を照らし出している。美しい場所だ。
倒れた丸太の上にハンカチを置いて私を座らせた先生はとても紳士だ。どこの長船だと言いたくなったのを飲み込んだ。
ベンチ代わりにした丸太をつつきながら、ぼんやりと社を眺めていると先生が優しく私を見つめる。
「君は……不思議な子だね」
「は?」
穏やかに告げた先生の言葉の意味が汲み取れず、眉間に力が篭もる。一体何を言っているのだろう。
私の目の前に立った先生が私の頬に触れた。その熱は酷く優しく、それでいて壊れてしまいそうな。
先生の手を握りかけて、誘われるように先生の頬に手を伸ばせば、先生は私が触りやすいように背を曲げてくれる。よく、人を見ている。
湿布越しに触れた先生の頬は熱い。早くあの主じゃ無くなればいいのに。彼らが傷ついてるのを見たくは無い。
「……良くなるといいね、先生」
「……そうだね」
先生が一瞬だけ目を見開いた。すぐさま元の表情に戻り、私の手に擦り寄るようにして微笑んだ。
そのまま頬を撫でていれば先生が口を動かした。そして。
先生の言葉を聞こうとした瞬間、先生は私を抱きしめてその場から離れた。何が、と困惑するよりも早く、目に入ったのは大きな太刀。
先程、私がいた場所に突き刺さっていた。それは禍々しい。
「時間遡行軍……!」
警戒の声が漏れた事には気づけなかった。
