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お隣さんはブラック本丸

第1章 序章


 雲一つない晴天を久しぶりに見た気がする。車内からぼんやりと空を眺め、見慣れない景色に目を細める。
 田畑が多く山々に囲まれたこの地は、新しく生活をする場所。それなりに都会に住んでいたのに父の仕事の関係で、田舎まで引っ越すことになったのだ。
 思い入れもない土地にサヨナラをして新たな土地を死んだ目で眺めているが実につまらない。まだ私の世界に色がついてなくて、どんなに長閑な景色も一枚のよく分からない写真のように流していくようだ。
 窓から外を眺めるのをやめて、運転席に座る父の後頭部を意味もなく見つめる。バックミラー越しに目が合った父は前世と何も変わらない。

「もう少しだから寝てろ」
「はぁい」

 子どもの間の抜けたようなしっかりしない声で返事をすれば、父と目が合うことは無くなった。
 私には前世の記憶がある。自分が死んだ時の記憶だけは持ち合わせていない。それ以外はそこそこ覚えてる。何が好きで誰に心を許していたか、職業はなんだったかまで。
 中々に充実した生活だった。推しのコンサートに行って友達とふざけあって。満足していたのに。気がついたら積み木で遊ぶ1歳児になっていたのだ。
 精神年齢だけで言ってしまえばもう20後半になると言うのに、今の私はまだ幼く、この間5歳になったばかりだ。
 窓に頭を預けて目を瞑り心の中で小さくため息をつく。本当の5歳ってなんだっけ。5歳って何をしてどんな性格なのかわからない。新たな地で私はうまく5歳児の輪の中に入れるのだろうか。
 子どもというのは変に敏感だから、私のような異端者と仲良くはしない。前の保育園でもそうだった。輪の中に無理に入れようとする親と先生。輪の中に入れるのを嫌がる子ども達の小さなバトルを冷めた目でみていた。
 子どもぶることも大人ぶることも出来ずに呆然と過ごす日々がまた訪れるのか。笑えてくる。

「名前! すっごいでっかいお家があるよ!」

 前世から嫌いだった母に名を呼ばれて目を開けて外を眺めれば、そこには大きなお屋敷があった。まるで1つのお城のような。
 黒板塀の上に登っていた少年と目が合った。瞬間ドクンと胸が鳴った。無意識に開けた窓から体を乗り出して見つめた少年の瞳は青かった。
 母が呼ぶ声が聞こえるが目を離せない。あの子は……私がやり込んでいたゲームに出てくる刀。
 私の中の世界が動いた気がした。
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