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お隣さんはブラック本丸

第3章 お隣さん 男士視点


 ちらりと顔だけ背後に向ければ、彼とお隣の娘さんはすっかり仲良くなっていた。私にはまだ遠慮しているようにも見えるのに、彼とはとても楽しそうだ。
 喉まで出かけた言葉を飲み込み、見なかったことにして放置部屋と呼ばれる部屋に向かう。ろくに手入れもされずに、放置された彼らの為だけの部屋だ。

「失礼するよ」

 質素な戸を開けた瞬間、纒わり付く鉄の臭い。意識を保ちつつも生きる気力を見失ってる彼等を見るのは辛い。
 狭い部屋に大の男が七振り。だいぶ詰められているが、まだ雑魚寝するくらいには余裕がある。
 喋る事も出来る。動くことも出来る。けれど生きる気力が無い。まるで瘴気の渦にいるようだ。

「はい。これ」

 質素なコンビニのご飯だ。温かいご飯を食べさせてあげることが出来ないのが悔しい。
 昔、彼等にご飯をあげていた所を見られて、短刀達が犠牲になりかける事件があった。自分以外を大切にすることを嫌い、弱い刀が悪いという私達の主は、彼等を粗末に扱う。
 彼等を庇いたてすれば、短刀を目の前でへし折るという脅し。それから生涯自分に仕えるという契約じみた言霊が私達を襲った。
 自分達が犠牲になれば私達は無事になると考えた彼等が、私達を庇って常に捌け口にされ続けている。私達も背負うとしたけれど、それだけは頑なに頷かなかった。

「いつもありがとう」
「いや……力になれなくてすまない」
「いいんだよ。君達も大変だろ?」

 まだ私達を気遣うのか。拳を強く握りしめて怨念がましい息を吐けば、彼は困ったように微笑んだ。
 生きたいと想う心はある。食事しているのが証拠だ。けれど、なんのために生まれてなんのために生きるのか。それが彼等にはわからない。
 全体を見渡して再び声をかければ、自己犠牲の念が強い彼等は、私が困らないように無理にでも笑顔を作って私を追い出した。その笑顔が一番、心に傷を作るのに。

「……どうしたものか」

 部屋から離れて人気の無い縁側で月を眺めながら呟く。
 審神者は殺せない。私達の手で裁くことは出来ない。どんなに恨んで憎くても、その声に応じたのは私達で。その名を呼ばれてしまったのも私達だ。
 名前は魂だ。力のある者に呼ばれてしまえば最後、それは一生の楔になる。
 私達はなんのために呼ばれたのだろうか……。
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