第72章 結婚するまで帰れません(1) 岩泉一
「今の俺にはその考えも悪くねぇな…」
「でしょ?だったら是非この考えを採用してください」
「前向きに考えといてやるよ」
「ついでに私を彼女にしてくれることも前向きに考えてくれたらすごく嬉しいです」
「それとこれとは別な話だろ?隙あらばアピールしてくんのやめろ」
「だってこれが私にとっての“次”のチャンスですから。隙あらば攻めます。一君だって相手チームの隙があったら攻めるでしょ?」
「だからなぁ、それとこれとは…」
「同じです。…でも今は好き好きって攻めるよりも側にいたいだけです。少しだけでいいから」
しっかりアピールはしてたような気もするけどな…。けど今はなんも考えたくなかったし一人でいても苛立たせてるだけだったから、案外こんな時間も悪くないんだろうな。一年前も星賀とは付き合ってたけどこんな風に弱音を吐いたこともなかったし。
「なぁ…」
「はい」
「稲荷崎は強いか?」
「はい、強いです」
「……だったら頑張るしかねぇよな」
「そうです。頑張るしかないんです」
「だったら俺も後10分経ったら気持ち切り替えるわ」
中庭に続くドアを開けて息を目一杯吸い込んで胸の中のモヤモヤした気分まで全部吐き出すようにゆっくりと息を吐いた。
「………ねぇ、一君」
「なんだよ」
「空、晴れてきた…」
見上げると雲の隙間から光が差し込んでいた。天気に左右されない競技だし晴れだろうが曇りだろうが関係ねぇって今まで思ってきたけど、何故かその瞬間の光はすげぇ綺麗に見えた。これでいいって背中をそっと押してくれているようなそんな不思議な感覚があった。