第72章 結婚するまで帰れません(１)　岩泉一

「え、松川君…っ」
「一部始終見てました。手を出すのは反則です。止めて下さい…」

さすが松川、息を切らしながらも冷静だった。俺だとこんな風に冷静に対処するのはできそうもなかった。

「言っとくけど私たちは忠告しにきただけだから。手を上げそうになったのだって冗談みたいなもんだし…。でもなんか白けちゃった。もう戻ろうよ」
「そうしてください」
「でもあんま舐めた態度とってたらこんなんじゃ済まないから」
「ご忠告、おおきにです」

最後まで動じない柳瀬をキッと睨みつけて先輩達は背を向けて戻っていく。星賀も俺に何か言いたそうに俺を見つめてたけど、完全に視線を逸らした。

あっち側に回るような奴だったんだって…、なんか熱が冷めてくような感じがしてため息しか出ない。

「お二人さん、めちゃくちゃいいタイミングで来ますね」
「そうだろ？って岩もいたなら何で止めないんだよ」
「ちょっと離れたとこで見てたからお前に先越されたんだよ。……けど俺だと手加減できそうになかったからお前でよかったわ。仮にも先輩だしな」
「まぁ確かにそれは言えてる。岩だと大事になっちゃいそうだし。それよりいちかちゃん、大丈夫だった？」
「私が負けてるように見えました？」
「いや？全然。只者じゃないとは思ってたけど、強いな…」
「そうなんです。実は私、只者じゃないんです」

こんな状況でも松川を笑わせるくらいに一切気にいていない素振りだった。でも昨日の寂しそうな横顔が浮かんできてあえて気丈に振る舞ってるだけじゃないのかって勘繰ってしまう。

「さて、私は先輩達が残していったこのボトルの山を片付けちゃいます」
「そんなの俺たちがやっとくから」
「これは私の仕事です。最後までやります」
「じゃあ、岩。俺、一応溝口君にも報告しとくからいちかちゃんのことお願いできる？」
「ああ、分かった。報告頼む」