第72章 結婚するまで帰れません(1) 岩泉一
体育館は熱気で蒸し返していて外はまだ5月だってのに夏を感じさせるようなギラギラとした太陽の光が照りつけている。
「あっち…」
プールでもあったら今すぐ飛び込んで体を冷やしたい。蛇口を捻るとホースから勢いよく水が溢れて頭から水を被った。水飛沫は虹を描き火照った体が冷やされていく。
練習に集中できる環境なのにコンディションはいまいち。その理由は手伝いに来てくれていた女子の中に元カノの姿があったから。すれ違っても声をかけるでも目を合わせるでもなく不自然な互いの距離。俺もどう接したらいいかわからなかったし、あいつが他の部員と楽しそうに話していればつい目を追ってしまうそんな自分に苛立ちすらあった。
女子の手伝いがくれば確かに志気は上がる。けど練習中に部員とチャラつく暇があるならもっと周りを見て動いてほしい。そう思わせたの柳瀬の存在だった。他の手伝いとは違って一人だけ部員並みの動きで必要な時に必要なものが絶妙なタイミングで置かれてあって、スッキリとまとめられたスコア表も部員への気遣いも完璧だった(及川に対しての塩対応ぶりまで)
「お疲れ様です。隣、使ってもいいですか?」
隣に並んだのは大量のビブスの入ったカゴを持っている柳瀬。
「よいしょっと」
普段の表情は一切見せずに他の部員と同様、練習中も俺に対して一定の距離を保っていた。今も無駄口をたたくわけでもなく黙々と洗っている。
「これ全部お前がやんの?」
「はい、頼まれたので」
「……手伝うわ」
「いいですよ。さっと洗った後は洗濯機を回すので」
「けど部員全員分あるだろ?
「大丈夫ですよ」
俺が他人のフリをしろと頼んでいたにせよ、最低限の愛想に物足りなさを感じていた。逆にこの無言がなんかやり辛い…。