第72章 結婚するまで帰れません(1) 岩泉一
あいつの席は俺の斜め前だった。出席番号順だから仕方ないとはいえ嫌でも自分の視界に入る。“これも運命ですね”とか嬉しそうに笑うあいつの顔が浮かんでため息しか出ない。なんとも不運続きだ。
そして慌ただしく始業式、HRが終われば今日の予定は全て終了し午後からはまた部活だった。及川は休憩中も一人ソワソワしながらあいつに話しかけるタイミングを見計らっているようで他のクラスメイトが帰る準備をしている中、鼻歌混じりの満面の笑みを浮かべ話しかけていた。
「いちかさんっ」
「……はい、なんですか?」
「転校生だから自己紹介しようと思って」
「それはさっきHRでしましたけど?」
「個別にだよ。俺、及川徹。よろしくね」
「あ、はい…」
「よかったら仲良くしようよ」
「大丈夫です。お気持ちだけで結構です」
「え……、あ、でもさ、こうやって同じクラスになれたのも何かの縁だし…ね?」
自信満々の及川もそっけない返事に出端をくじかれたようで途中から明らかに笑顔が引き攣り始めている。別に及川には恨みはねぇけど日頃のウザさからざまーみろと内心思っていた。
「って言っても、いきなり仲良くっても難しいよね?…あ、ちなみにこっちは岩ちゃん」
これもいつも通りの流れ。この状況で絶対振ってくると思ってたけど今は全力で拒否したい…。
「悪いけど俺は部活に行くから」
「まぁまぁ待って。珍しい転校生なんだし岩ちゃんもちゃんと挨拶しときなよ」
「いいよ、俺は」
「なんでさ、俺たち親友じゃん」
「お前と親友になった覚えはねぇよ」
「生まれた時から親友じゃん。ねぇ岩泉一君!」
俺の気も知らねぇでこういう無神経なとこがとことんウザい(まぁ俺とあいつの関係知らねぇから仕方ないけど)。及川が必死なのもお構いなしって感じてちらっと俺を見る。
「岩泉…君、ですか?……よろしくお願いします」
及川には“よろしく”の一言も返さねぇのにこいつはこいつで微妙に態度の差をつけてくるしよ。