第1章 チタンパート 完
ファミレスで座り水を飲む。
俺が入店して割とすぐに、ヒロインさんはいつものタンクトップ姿で現れた。
「おまたせ」
向かいの席に座り、メニューを開く。
「遠慮しないでね。テイクアウトもできるから弟くんたちにも何か持って帰りな」
「いえ、そんなこと」
「じゃあお子様ランチとプリン二つだね。いやプリンは三つのほうがいいか」
「そこまでしてもらうわけには」
「バイトの穴埋めとかして貰ってるし、そのお礼も兼ねて。偶には先輩風くらい吹かせてよ」
そう言うとヒロインさんは俺に注文を聞くこともなく店員を呼び出し、大量に注文を始めた。
「あ……じゃあ俺はサラダとドリアを」
「ドリンクは?」
「水で大丈夫です」
「じゃあ以上で」
メニュー表を持って行って貰うと、気まずい沈黙が席を包んだ。
水の入ったコップに口をつけ、ゆっくりと口に含む。
そうしているとこちらから話しかけなくてもいい気がして、気が楽になる。
「あの"ダサい格好"はね、路上ライブやる時にするようにしてるんだ。もう一人の自分ってやつ」
そう言うとヒロインさんもコップに口をつけた。
「長いんですか?」
「そうでもないよ。2年くらい、かな。ありがたいことに熱狂的なファンもいてくれるんだ。チタンくんも、私の音、気に入ってくれたみたいでよかった」
その言葉に、ほんのり頬が熱くなる。
1日2日の付き合いじゃ、ファンとはいえない。けれどヒロインさんの音に惹かれたのは、紛れも無い事実だった。
「仕事中、楽器の扱いに随分と慣れてるとは思っていたんですが」
「好きだからね、音楽が」
そう言うと、サラダが運ばれてきた。
「チタンくんもそうなんじゃない……っと、これは野暮か」
ちらりと俺の手を見て、ヒロインさんはフォークを手に取る。
「どうぞ」
フォークを受け取ると、俺は半熟卵の乗ったサラダの真ん中を、徐ろに突き刺した。