第1章 チタンパート 完
既に店ののぼりは仕舞われているものの、中の明かりはぼんやりと揺れていた。
店への扉の鍵は開いていて、乱雑に開けると金属の焼ける臭いがやけに鼻についた。
そのまま奥の作業場に行き
作業台に向いたままのヒロインさんの背中に思わず言葉が詰まる。
ぐるぐると渦巻く感情に整理をつけられない中、ヒロインさんは背を向たまま小さくつぶやいた。
「ごめん」
こんなに彼女の背中は小さかったろうか。
少し丸まった背。ただ、呆然としているように見えた。
「好きです」
思わず出た言葉に俺も驚く。
「好きですヒロインさん」
言葉にしたら、しっくりときた。
俺がヒロインさんに抱いた感情。
好き、好きだ。
ヒロインさんは俺が気付くよりもずっと前から、俺がヒロインさんを好きなのを気づいていたんだろう。
俺ならヒロインさんを傷つけない。そんな辛い思いさせない。
聡いヒロインさんだ。きっと言われなくても気付いている。
傷付けたいわけじゃない。
既に傷付いているヒロインさんの傷を抉りたいわけでもない。
ただ、この人にこれ以上傷付いて欲しくないだけなんだ。
「有休、つけとくよ。だから暫く来ないで欲しい」
答えだった。それが全てだった。
「チタンくんが思ってる程私は立派な人間じゃない。君が私に抱いている感情は雛の刷り込みみたいなものだよ」
椅子が音を立てながら周り、ヒロインさんの静かな目が俺を射抜く。
「そんなわけーー」
「例えその気持ちが本物だとしても、私は応えられない。君はーーーーアイドルなんだから」
「違う!俺は、俺たちはアーティストだ!」
「君らはそう思っているかもしれないが世間はそうじゃない。そもそもアイドルである君がこんな寂れた楽器店で副業していること自体致命的なんだ。君の家庭の事情もわかる。ただ、これ以上自分で自分の首を絞めるんじゃない」
冷たい声色でそう言われると、言葉が詰まった。
「君たちが売れてるのは君たちだけの実力じゃない。ジューダスやスポンサー、その他もろもろの力もある。その気持ちは忘れなさい」