第62章 ※遠い初めての夜
―――翌日
杏(……このままでは良くないな。)
杏寿郎は朝を迎えてから菫を一撫でも出来ていなかった。
触れようとすると菫が緊張した様に体を強張らせてしまうからだ。
昼間の生活でさえこうなのだから、当然夫婦の営みについても如何したら良いのか分からなくなってしまった。
杏(取り敢えずは菫の出方を見よう。俺だけの気持ちで進めて良い事ではない。)
初めはそう思った。
しかし、その夜も、その次の夜も、そのまた次の夜も、菫は『話すのが怖い』とでも言うように、杏寿郎が話し掛けるより前に寝たふりを決め込んでしまったのだった。
杏「菫、今度は優しくすると誓う。抱かせてくれ。」
一週間経った晩、とうとう杏寿郎がそう言うと、布団に入ろうとしていた菫は目を丸くした。
杏寿郎は怯えられるだろうと思っていたのだが、その表情はただ驚いただけのように見えた。
(……妻が厭らしくても許して下さるのかしら…。)
菫は自身の姿を肯定的に見てくれた杏寿郎にほっとしながら、こくりと頷いた。