第16章 積み重なる日常
――――――
杏(む…またか。)
杏寿郎は再び遅い時間にとぼとぼと歩いている菫を見付けた。
しかし『今晩は!』と声は掛けず、ただ後ろから見守ることにした。
以前、酷く拒絶されたからだ。
杏(…………。)
杏寿郎の視線の先で菫がふいにしゃがみ込んだ。
具合いでも悪くなったのかと目を凝らすと、菫はただ道端に咲く花を愛でている。
その表情が余りにも柔らかく、優しく、杏寿郎は自身に向けた固い表情との差に目を見開いた。
杏(………道端の物も愛でるとは、本当に花が好きなのだな!)
杏寿郎は感情を置いてけぼりに、口元だけをきゅっと上げる。
そして余計な事を考えずに見守り続けた。
別に婚約者がいると言った女性に恋心が芽生え、罪悪感を覚えて感情を押し殺した訳ではない。
ただ、何故自身が怯えられるようになったのかが分からず、そして、分からないからこそ考えない様にしていたのだ。
杏(うむ!今日も無事に帰ったな!!)
杏寿郎は満足そうに笑みを浮かべると見廻りへ行く為に地を蹴った。