第15章 声
杏「君は彼と馬が合わなかったのだろうか。聞くに耐えない事を話していたぞ。他では話すなと言っておいたが保証出来ない。世話になっているにも関わらず不甲斐ないな。」
「そ、そんな…十分でございます。」
菫が羽織りを受け取り、その場を後にしようと頭を下げた時、杏寿郎は再び口を開いた。
杏「君の声が好きだとも話していた。」
「…………っ、……………………。」
菫は杏寿郎がどこまで聞いたのか分からず、視線を床に落としたまま固まった。
杏寿郎はその様子を大きな目で興味深そうに見ていた。
杏「その様子を見るに、声を出せるという事に関しては本当なのだろうか。」
菫は瞳を震わせると、右手で羽織りを丁重に抱きながら床に膝をつき、左手を前についてバッと頭を下げた。
「……申し訳ございません。」
聞こえてきたのは相変わらずの囁き声。
声音も感情も分からない。
それを聞くと、杏寿郎は自身が踏み込むにはまだ早い話題なのだと悟った。
杏「いや、全てを話す義務などは無い。気にしないでくれ。俺の方こそ立ち入った事を訊いてすまなかった。」
「炎柱様は悪くありません。」
そんな言葉が食い気味に返ってくると、杏寿郎は慕われている事を実感してにこりと微笑んだ。
杏「そう言ってもらえると救われるな!ありがとう!」
杏寿郎は彼らしいさっぱりとした声色でそう言うと、まだ納得していなさそうにする菫を置いて歩み出した。
杏「風呂に入ったらすぐ床に就かせて貰う!言わなくても出てくるだろうが、昼に食事を頼む!!」
菫はその言葉に頭を下げた。
杏(俺には声を出さない理由とは何なのだろうか。好きな声だと言われるのだから変わった声だという訳でもなさそうだが。)
一瞬そうもやもやとした気持ちが湧いたが、杏寿郎はすぐに考えても仕方のない事を考えるのを止めて隊服を脱ぎ始めたのだった。