第14章 醜い痣
杏(いや、名前さえ未だに聞き出せていない。聞き出すことは元より無理な話なのかもしれない。慕ってくれているのは伝わってくるが、何故教えてくれないのだろうか。)
答えは『嘘を吐きたくなかったから』であったが、杏寿郎は菫を完全に男だと認識してしまっていた。
それ故に、名前が響きによっては性別を明らかにしてしまう物だという事を失念してしまっていたのだ。
杏(蝶屋敷で清水について聞き回るのも気が引ける。うむ、やはり彼が話せるようになるまで待つとしよう!)
そう決意すると杏寿郎はザバッと湯から上がった。
―――
(驚くぐらい上手く隠し通せた…。)
食事を提供し終えた菫は、杏寿郎の膳を片してほっと息をついた。
そして風呂に入り、自然に見えるようによくよく注意しながら杏寿郎に就寝の挨拶を述べて自室へ入った。
浴衣が随分と軽く感じる。
菫は深呼吸したくなる気持ちを押さえて掛け布団を捲った。
(杉本様の様子が変わった。いつも不機嫌だったのに今日はとても楽しそうだった。…もし本当に炎柱様を巻き込む事になったら…、)
そんな考えが過ったが、菫は頭を振って切り替えた。
(そうならないように杉本様のご希望にお応えすれば良い話。明日の為にもう寝ないと。)
そう思うと菫は布団に入って目を閉じた。