第1章 はじまりの夜
向かった先は中庭だった。
靴の音を忍ばせて、よく手入れされた薔薇へと指を伸ばし、
華やかなる香りにその唇を綻ばせる。
夜露に濡れた花弁が月光に煌めいていて、さながら水晶の粒を散りばめたようだった。
「綺麗……。」
花の匂いを胸一杯に吸い込んで、つま先立ちで優雅に舞う。
トン、………トンッ。密やかに長靴を打ち鳴らし、ワルツを踊る。
目の前に「彼」がいるような心地で、指先まで気品を滲ませて。
そうしていると、自然と口ずさむ歌がある。
「お眠りなさい 無垢なるままで
月の加護を その身に宿せば
千の夜を越え 浄われていく
お生きなさい 強く気高く
星の檻を 腕(かいな)に抱けば
黒き想いは 霧散するだろう
あなたは運命、あなたは定め
陽の祝福を 賜る彼女は
永遠の名のもとに 紡ぎ手となるでしょう」
くる、………くる、と蝶のように舞いながら、月灯りに影が踊る。
さぁ……と吹き抜けていく風が花弁をさらって、小さな竜巻を造り出す。
巻き上がる花の香りに包まれて、ヴァリスは微笑んだ。