第6章 惑いの往く末 前編
「あなた………誰?」
戸惑った瞳を向ければ、その双眸から甘やかな光が消える。
すぅ………とその眼を細め、彼女の眼を見返した。
「俺が、わからないのですか? 『ヴァリス様』」
その口調にはっと瞠目する。
みひらいた眦にその口角が上がり、冷たい指が私の目元をなぞった。
「おまえは、マリスなの……!?」
驚く声は彼は微笑んだ。
優雅な所作で一礼して見せるマリスの掌にみずからの指を委ねる。
「えぇ、………あなたのマリスですよ」
ぐっと取られた指を引かれ、気づけば彼の腕のなか。
けれど微笑んでいたそのおもてから、みるみるうちに甘やかな感情が消える。
その瞳を不愉快そうに眇め、仄暗い光を湛えた眼で見下ろしてくる。
「マリス……?」
「あなたは、あの忌々しい男どもに抱かれたのですか」
「………!?」
びくりと身を震わせたその手首をつかむ。
ぎりぎりと骨が軋む程強く囚われ、怖くなったヴァリスは思わず彼を見上げた。
「マリス、突然どうし———んんっ!」
直後、唇に熱く柔らかなものが重なる。
「ん、んんぅ………っ」
キスされていると理解する頃には、その指は彼女の顎をつかんでいて、逃げたくても逃げられない。
胸を押し戻そうとした指をつかんで、
磔にするように頭上で束ねて押さえつけられ、染みのように広がる感情。
「(どうして、そんなに怒っているの……?)」
酸素を求めて僅かにひらいた唇の狭間から、マリスの舌が入ってくる。
怯えて逃げ惑う舌先を絡め取って翻弄する。
その情熱に慄き身を捩れど、その指が彼女を解放することはない。
寧ろより強く引き寄せられ胸の内で漣が荒ぶった。
「(い、厭………ッ)」
ベリアンに触れられたあの夜は、泣きたい程の幸福で満たされたというのに、
今はただただ不快で気持ちが悪い。