第6章 惑いの往く末
「ん………。」
温もりが離れたことを薄れかけていた意識の裾にとらえ、ヴァリスはゆっくりと瞼をひらいた。
ぱち、………ぱち、と数回瞬いて、眼前を覆う霧を払う。
ぼんやりとしたまま起き上がり視線をさ迷わせる。
いつの間にか夜着を身に纏っていて、そして隣にいた筈の彼は。
(……ベリアンは仕事に戻ったんだ)
胸に乾いた風が吹いた。
それが寂しいという感情なのだと一拍遅れて気づき、思わず胸を押さえる。
(ううん、大丈夫よ)
半ばしたたかに上塗りつつ、寝台の上に横座りして長靴に足を収める。
鏡の前に降り立つと、自分の姿をみつめた。大嫌いな自分の姿を。
(いつになったらこの姿を赦せるのかな)
リラを知る人々から、口を揃えて母に生き写しだと言われるこの容姿。
けれどヴァリスはこの姿を賞賛される度に、胸の痛みを感じていた。
彼女は鏡のなかの自分を睨み付けた。
青灰色の髪も青い瞳も母の容姿を写し取ったようだと云われ、
この身を縛るあの奇病と相まって、彼女をより頼りなく見せていた。
(きっと戒めなんだよ)
両親を苦しめ続けた自分を好きになれる筈がない。
唇をかんで過去を繙いた。胸の痛みを受け止めてふたりの姿を思考に載せる。
いつだって冷たく残酷だった父と、娘をみつめる度に何処か怯えたような眼をしていた母を。
整っていた父の顔が憎しみに歪み、狂ったように娘を詰る。
血走った眼で睨み付ける父のそれが眼前に甦るようで、慌てて首を振った。
(忘れてないから。だから……私を、)
許さないままでいて。瞑目して祈るように指を組み合わせる。
両親のことを、忘れてはならないあの夜のことを、
ヴァリスはどんなに怖くとも時折思い出すようにしていた。
瞼をとじれば過去が眼裏に映し出される。
古い日記を読み返すように、そこに在る感情を伴って。
甦ってくるあの日の痛み。知らないままでいたかったふたりの本心。
その全てを抱いて、背負って。