第5章 病魔 後編 *【🫖】
「ルカスさんをお呼びいたしますね」
その言葉に彼の袖口をつかんだ。ぐっ……とか細い指が強く、彼の行動を阻む。
迷い子が縋るような、頼りなく、不安で胸のなかを塗りつぶされた仕草だった。
「ふ、………ぅっ、誰も呼ばないで」
その言葉にベリアンの眼が案じている想いを映し出す。
己の袖口をつかんだ手に、茉白の手袋を嵌めた手が重なった。
なだめるように、安心させるように。花が降るような優しさで彼女の手を撫でた。
「すぐに戻りますから、」
そう言って指を外させようとする手に抗って、さらにその指に力をこめた。
「……お願い」
つかんだままの指がかすかに震えている。
その胸の内では、不安と恐れが染みのように広がっていた。
恥ずかしい。胸が苦しい。………こんな姿をみられたくない。
彼の袖口をつかんでいない———指輪を嵌めた右手で、みずからのドレスの胸元を握りしめる。
変わらず儘ならない呼吸のなか、すこしでも酸素を得ようとゆっくりと息を吸った。
「主様……!」
立ち上がりざまにふらついた身体を支え、ベリアンが悲痛な声を出す。
優しい手付きでその背を撫でながら、彼は唇をひらいた。
「大丈夫、………大丈夫ですよ、主様」
背をさすっていた右手がその背を受け止め、その身を支えていた左手が頭へと移動する。
気づいた時には彼に抱きしめられていた。
かすかに震えている彼女を優しく腕のなかに閉じ込め、頭を撫でてくれる。