第3章 二人だけの世界/フロ監
「小エビちゃんどこも行っちゃ駄目だよー?」
「どこにも行きませんよ。毎日言ってますよそれ」
ふふ、と小エビと呼ばれた少女が笑う。
砂浜に座る少女を背後から抱きしめていた青年が、その小さな肩口に額を埋めた。
「あー。元の姿に戻りてぇー」
「駄目ですよフロイド先輩。海、無いんですから」
陽が傾き始めていた。白く見えていた陽が傾きと共に橙を纏って、青かった空は少しだけ濁ってきただろうか。
「そだねぇ」
言ったフロイドが上げた視線の先には、今し方話題に上がった大海原が斜陽が反射してキラキラと輝いている。
「もーすぐ星が出んねぇ。今日も流れ星、見えっかなぁ?」
「もしも見れたら何を願うんですか?」
「小エビとの永遠」
「ふふっ、それ、もう叶ってますよ」
肩口から伸びるフロイドの腕にこめかみを預ける。
甘えるユウの頭に、フロイドは緩く笑んで顎を乗せる。
ここ一週間程。こうして汚れた大海原を二人で眺めるのが日課になっていた。
「そろそろ戻りますか?」
「んー……まだもうちっと。こうしてる」
分かりました。言ったユウはそのまま青年の腕に甘えておくことにした。
時間はいくらだってある。
まだ痛みが残る手でフロイドの腕を握って、暮れていく空を二人で見上げた。
「やっぱり、そろそろ戻りませんか?ちょっと肌寒くなってきました」
「小エビちゃん、ほんと寒がりだよね」
そう言いながら、小さな手を取って立ち上がらせて。
二人分の足跡を砂浜に遺して行く。
戻る先は廃墟と化したNRC。
背後には生き物が生存できぬ程に汚染されてしまった海。
グリムがオーバーブロットしてしまったあの日から、世界は二人だけの時間となったのだ。
傾いた陽だけが、あの日と変わらず砂浜に二人の影を刻んでいた。
「今日も寝る時、ぎゅーってしてくれます?」
「あはっ、それ。聞くまでも無くね?」
昔話だとか、他に生存者がいるのかだとか。そんな話題は暗黙の了解でしなかった。
ただ手を繋いで、その体温を確かめる。
「フロイド先輩」
「ん?なぁにー?」
「どこにも行かないでくださいね」
「ったりまえじゃん。小エビちゃん置いて、何処に行くってーの?」
固く繋いだ手が、僅かに震えていた。
- fin -