第13章 お気に入り(松野千冬)
一目惚れがこの世に本当に存在するのなら。これがきっとそうなんだろう。名前も年齢も…何も知らないその人に。まるで少女漫画みたいに恋に落ちた。
喧嘩にあけくれてボロボロだった俺にその人は声をかけてくれた。
「…ってぇ。1人相手に10人で来るかよ普通…っ」
『キミ…大丈夫?血が出てるけど。』
「あ゛?」
顔を上げると本当に心配してるのかと思うほど涼しい表情でその人は立っていた。
何かがストン、と心に落ちた。
ボロボロにされた事なんて今までもあったはずなのに、その人が差し出したハンカチを無意識に受け取って…そんで、目が離せなかった。
『これ水ね。今買ったやつだから開けてないよ安心して。』
「え、は?」
『そのハンカチも返さなくていいから。じゃあ』
「え、いやちょっとあんた!」
おいおいなんなんだよ。ひらひらと手を振って消えていった背中を追いかけられずに俺は手渡されたハンカチと水を眺めていた。
綺麗な…人だった。すごく。
名前くらい…せめて学校くらい聞いときゃ良かったな。
すごく長いまつ毛に、大きいけれど切れ長の目。右目の下に小さなホクロ。顎あたりまで伸びた真っ直ぐな黒髪が印象的で洒落た髪型だと思った。あれが噂の切りっぱなしってやつか?少女漫画ならヒロインではないけど、ヒロインと仲のいいクールな親友ってとこか。
…もっかい会えねえかな。