C-LOVE-R【ブラッククローバー / R18】
第27章 雨の夜
わたしの記憶の中の香りは、“THE DE LUNE”という紅茶だということを知った。ヴォード社長の部屋でテドゥルヌを口にしたとき、切なくて胸が苦しくなって、勝手に涙が溢れてしまった。だが、飲んでみても何も思い出せなかった。
わたしは今まで紅茶に興味がなかった。知っている紅茶と言えば、アールグレイやセイロンくらいだった。珍しい銘柄の紅茶だと言っていたし、“THE DE LUNE”も、お店で飲んだ“THE APRES L'ORAGE”も、初めて聞いた名前だった。
ヴォード社長が連れていってくれた紅茶専門店にも、わたしは行ったことがなかった。どうしてわたしがこの香りを知っているのかはわからない。わからないけど、大切な記憶のような気がした。
ヴォード社長と何度か会っているうちに、社長としての彼ではなく、ヴォード社長自身のことを見るようになった。彼のことを知っていくうちに、わたしは会っていないときも、彼のことを考えるようになった。
社長として常に気を張っている彼も、わたしには自然体で接してくれている気がした。わたしといるときは、少しでも安らげる時間であってほしいと思うようになった。社長としての彼ではなくて、ありのままの彼でいてほしい。彼の笑顔を、彼の青い瞳を、わたしに向けてほしくて。この気持ちが好き、なのかはわからなかった。しばらく恋なんてしてないし、誰かのことを考えることなんてなかったから。なんだか、胸が痛い。
〝ごめん、残業になりそうなんだ〟
珍しく定時で上がると、ヴォード社長からそう連絡が入っていた。いつもわたしが残業になることが多いため、わたしの会社に車で迎えにきてくれることがほとんどだった。
〝今日は定時で上がれたのでわたしがLuneに向かいますね〟
と返信し、わたしはLuneの本社に向かった。
電車に乗り、最寄り駅で降りる。Luneの本社は駅から歩いて5分ほどだ。駅から外へと出ると、空は暗闇に包まれていて、雨が朝よりも強くなっていた。ザーザーと、音を立てて降っている。濡れた道路に街の明かりが反射して、虹色に光って幻想的だ。
今日はネイビーのマーメイドシルエットのロングワンピースを着ていた。足元は今季流行のローファーに、淡いベージュのジャケットを羽織っていた。裾が濡れてしまわないように、ゆっくりと歩いた。
