C-LOVE-R【ブラッククローバー / R18】
第25章 ゆめうつつ
打ち合わせが終わり、上司から飲みに誘われる。さっき社長であろう男の人に言われたことを思い出し、断ることにした。
社長室の方へと近づくと、またさっきと同じ香りが鼻についた。紅茶の香り、と言っていたが、わたしは紅茶に詳しくない。一体何の記憶なのだろうか。Luneの社長がわたしに何の話しをするのか。わからないまま、社長室の扉をノックした。
中へと入ると、先ほどの男の人がいた。
「座っていいよ」
「あ、はい……」
社長室のテーブルに座ると、紅茶が出された。ありがとうございます、と言って一口飲むと、その鼻に抜ける強い香りがわたしの奥深く、切ない記憶が蘇ってくる。途端に涙が目尻から溢れた。
「あ……れ?なんでだろ……すみ、ません……」
「君の記憶の中の紅茶は、これかい?」
「あ、えっと……たぶんそうなんだと思います……でも、それだけなんです……それ以外何もわからなくて……」
「……そうか」
彼はそう言って、切ない顔をした。どうしてそんなに切ない顔をするのだろう、と思った。テーブルの上には“THE DE LUNE”と書かれたパッケージの紅茶の茶葉が置いてあった。
「この紅茶はフランス語でテドゥルヌという紅茶でね……僕が好きな紅茶なんだ」
彼はそう言って、窓の外を見た。もう夜だった。この部屋の窓から見るビルの明かりは光の粒のようだ。ビルがびっしり立ち並ぶ東京。この町では、月や星の光がわかりづらい。今日は星がきれいだ、とか、今日は満月だ、とかそんな言葉さえ出てこない。空を見上げることなんて、なかった。毎日忙しくて、月がきれいなことさえ忘れていたから。月を見る、彼のその横顔が美しかった。沈黙が流れているのに、なぜか、心地よかった。なぜだろう。
「今日は満月だね……その紅茶は月光のお茶という意味なんだ。満月が照らしだす茶畑、銀色の光がさす神秘の時間に醸し出される、新芽のお茶の香りだそうだよ」
彼はそう言うと、わたしの方を見た。
「すまない、名乗り忘れていたね、僕は株式会社Luneの代表取締役社長、ランギルス・ヴォードだ」
「わたしは株式会社Soleilの遥日ミライです。日本語流暢ですね?」
「失礼だね……僕は純日本人だよ」
「あ、失礼しました……」
彼はふっ、と切なげに笑った。