第8章 智くんのお父さん、の巻
「遺産相続?」
「…うん」
「実の、お父さんの?」
「…うん」
「それを、放棄しろって?」
「…ちょっと、違う」
智くんはリビングのテーブルの上の手紙を俯き半分でじっと見つめながら言った
今朝俺がすれ違ったのは、どうやら智くんの実のお父さんの秘書だったらしい
…秘書にしては、怪しい出で立ちだったけど、その人はその人なりにあれが目立たない格好だったんだろう
で、その秘書が智くんのお父さんの遺言書を持って来たというのだ
「お父さんって…あの、政治家をしてるっていう…」
「うん…でももう、引退してるよ…もう、イイ年だったから…
…昔お母さんに聞いた話だと、別れた時にはもう四十過ぎだったらしいし」
「そっか…いつ亡くなったの?」
「…亡くなってないよ」
「……へ?」
何で?だって遺言状…
「病気で長くないんだって…
…それで、亡くなる前に遺言状を書いたらしいんだけど…そこに、僕の名前があって…」
智くんはとうとう顎が胸についちゃうくらい俯いてしまった
「…子供、居ないんだって」
「え?」
「…僕の他に…子供…本妻さんとの間の子は、亡くなったんだって…」
「…それは…」
「…僕に、家を継がせたいって言ってるらしいんだ…」
「つ、継がせるって…」
智くんがくすんと鼻をすすった