第1章 Hallowe'en
<スティングの場合>
「ノエル!トリックオアトリート!」
はいはーいって目線を上げるとスティングくんの顔は反対になっていた。と言うより、体全体が反対になってふよふよと浮いている。
「まーたユキノちゃんにフロートクッキー貰ったの?」
「おう!ハロウィーンのお菓子だってよ。」
「はい、棒キャンデー。でも、浮いたままだと危ないから効果が切れてから食べてね。」
「ありがとな!」
以前ユキノちゃんにフロートクッキーなるものを作ってもらってから、スティングくんはそれがお気に入りだ。食べると一定時間空中に浮いていられるクッキーで、私も一つ貰ったが空中を漂う感覚はなかなかに楽しかった。問題は人によってその浮力が切れる時間が分からず、落ちるときに上手く着地が出来ないことくらい。
キャンデーを食べている途中に浮力が切れてしまったら大惨事になりそう。
「スティングくんからは、何もなし?」
「そう言えば、今年はちゃんとあるぞ!持ってくる!」
確か去年は自分が貰うばかりでお返しすることを全く考えていなくて軽く落ち込んでたな。今年はちゃんと覚えていて、ローグくんやレクターくんと買いに行ってたみたい。ローグくんからはお返しにと有名店のかぼちゃプリンを貰った。
そうしている間にスティングくんは浮きながら何やら袋を持ってきた。
「うお!止まれねェ!」
「ちょっ!捕まえた!」
「おう、ありがとなノエル!」
スティングくんがそのまま壁に激突する前に何とか腕をつかむことが出来た。思ったよりも力が要らなくて安心する。
「あ、切れた。」
「え”!」
ずん、と上半身に感じる重力。
―ち、近っ…!
男性一人分の体重を私が支えられるはずもなく、スティングくんは見事に私の上に着陸し、私はスティングくんと床に挟まれる形になった。
スティングくんの手から離れた袋から転がり出した飴玉がカラコロと音を立てて床に降ってくる。
「一緒のヤツ選んだんだな、俺たち!」
「ふふ、そうみたいね。」
あれほど飛んでる最中は食べるなと言ったのに、スティングくんがにかっと笑った口にはオレンジ色の棒キャンデーが咥えられていた。
照明を受けてきらめくキャンデーよりも、スティングくんの顔の方が、キラキラして見えたんだ。