第52章 盤上
―――――――――――――――――――――
――――女性経験は少ないほうじゃない。
こんな退屈な男の何がいいのかはわからないが、言い寄ってくれる女性はたくさんいた。
夜会に行けば貴族や富裕層のお嬢様方、兵団に戻れば女性兵士。
か弱い生き物でありながら強くたくましく生き抜く姿は愛おしく、それにまぁそれなりに性欲だってあるわけで、後腐れなく関係を持てる相手と付き合ったこともある。
過去に唯一心を欲しいと思った女性は酒場で働いていた、気が強い瞳が美しいマリーだ。
同期のナイルと共に、彼女目当てに酒場に通った。もう何年も前の話だ。
彼女を生涯守る為に憲兵団に入ったナイルと、生涯をこの世界を暴くことに捧げると決めた俺とは比べる余地もなく、マリーはナイルと結婚した。実に賢明な判断だ。
俺は悔しいとも思わなかった。
マリーよりも、父の仮説を立証するために生きることを選んだ。この先二度と女性に心を奪われることもないと思っていたし、共に生きる伴侶を求める気もなく、この修羅の道は私が独りで歩くのだと、そう思っていた。
女性の扱いにも慣れている。
用意周到に甘い言葉と贈り物で意識を向けさせ、色を含んだ声色で、少し触れ合ってその身体に熱を持たせれば、案外どんな女性でも簡単に思い通りに動いてくれる。
そんな俺のかけひきの定石を、ナナは面白いほど見事に打ち砕いた。
告発する?
俺を?
ザックレー総統に?
相応の覚悟?
そんな脅しのようなことを言ってきた女性はもちろんいない。いや、女性に限らず今までに一度だって言われたことがない。