第239章 不帰
******************
ベッドの上で光に背を向けて目を閉じたまま、しばらくそのままぼんやりと時間を浪費していた。
風のそよぐ音や鳥のさえずり、町が起きて人々の声が聞こえ始めるそのどうでもいい雑音の中で、とんとんとんとん、と足音がすぐ近くで聞こえた。足早に階段をあがる音だ。
その男はもともと気配に敏感だ。
足音で誰が訪ねてきたのかがわかる。
足音の主は扉の前で、声をかけることを躊躇っているのか……少し、妙な間が流れた。意を決したような間をもってから、コンコン、と小さく扉をノックする音が鳴った。
「……兵長。」
「…………。」
その神妙な声色から、自分のことを案じてわざわざここに来たのだろうと察しはついた。だが、どうにも気だるく応じる気になれず、訪れたその人物が去るのを待った。
するともう一度コンコン、と扉を叩く音がして……なおも黙っていると、次にはどん、とまるで扉を拳で打ったような鈍い音がした。
「兵長。いるんでしょ。」
「…………。」
「もう一発くらい本気でやったらこのボロい扉壊れるかも――――」
なぜそう物騒な思考になるのか……人の家を訪ねて来て、返事がないから扉を壊すとはどういうことだと呆れと諦めのため息を吐いて、小さく返事をした。
「……なんだ。」
「起きてましたか。朝飯、一緒にどうです?」
「てめぇが起こしたんだろうが。飯はいい。」
「いや絶対起きてたでしょう。居留守使ってただけだ。……まぁ、食う気になれない気持ちはわかりますけど、食わなきゃ。」
「お前には関係――――」
「ありますから行きますよ。ほら。」
「……このクソガキが……。」
男はしぶしぶ、かつての部下に連れられて不本意ながら空気が淀んだ自室を出て、光が降り注ぐ町へと足を踏み出した。
そこはとてもとても眩しくて……また、男は光を遮るように手をかざした。
******************