第237章 憂悶
「俺だって……エレンを諦めたくねぇよ!!ただでさえ相手は始祖の巨人なんだぞ?!手加減して何ができるっていうんだよ?!」
「……ミカサ。」
風を切り裂いて飛ぶファルコの背中は、風の渦が後ろへ後ろへと流れていく。風の吹きすさぶその音の合間に、静かにただはっきりと、ジャンの言葉は発された。
「エレンを…………殺そう。」
私にそれを言うの。
そんなにもはっきりと。
――――殺すの?
私たちが?私が?
私の生きる意味を私がこの手で――――……。
そしてその後に何が残るの?
私達だけが生きていくの?
――――エレンのいない世界で?
私はどう生きていくの?
エレンのいない世界で。
頭の中で自分の声が大きく響き合って混ざり合ってぐちゃぐちゃと、雑音になっていく。
なんだこれは。
怖い。
気持ち悪い。
不愉快だ。
なぜ、なぜこんなことに。
――――その思考を断ち切ってくれたのは、思いがけず彼女だった。
「――――ミカサ!!」
アニは私の首元を掴んで、私を正気に引き戻した。
「あんたはアルミンを救うことだけを考えな!!それ以外は、考えなくていいから……。」
――――それは不器用な彼女が不器用な私に向けた優しさだったのだと……後になって、気付いたんだ。
「………うん。」
アニのその言葉は驚くほど私の中に入って来た。
まるで雑音が鳴りやまない真っ暗な密室に、逃げ道の扉を開いてくれたみたいに……私は静かに答えた。
考えない。
だって考えたら動けなくなる。
涙で前が見えなくなる。
この刃を振るう意味すら、
心臓を動かす意味すら、分からなくなって―――――、
きっと私は、引き裂かれてしまうから。